アフリカ~北海道移住 5. 最幸の国 タンザニア② 食べ物について

私が農業を始めた背景を知っていただきたくて、アフリカへ行く直前くらいから就農するまでの出来事を記載しています。しょうもない内容もかなり多いので、あまり期待せずに読んでいただけると幸いです…

(前回までのあらすじ)

日本とは違い過ぎる環境にテンションが上がりまくる俺。

食べ物は一応小石混じりの米が手に入り、野菜はトマト、ピーマン、玉ねぎ等は一年中近所の売店で手に入った。また、タンザニア人の主食は、トウモロコシの粉を水で練ったものに火を通すウガリという食べ物で、苦手な日本人が多かったが自分は好きだったので自分でも作ったりしていた。調味料は塩と食用油くらい。後、たまに日本から持っていった『ほんだし』等をチビチビ使うくらいだった。でも当時はそれで十分だった。下手に都会のスーパーでお金を出して不気味なインドネシア産の醬油を買うよりはよっぽど塩だけの方が上等だった。

魚も売店で売っていたが、内陸部なのでカラッカラに乾いた干した川魚しかなく、これだけは煮ても焼いても美味いとは思えず、滅多に手を出さなかった。肉は2kmほど離れた町まで出ていかなければ手に入らず、ブロックで吊るされている牛肉を肉屋さんが切り分けてくれるものをたまに買っていた。冷蔵しているわけでもなく、ずっと吊り下げているためハエがたかりまくっているのだが、半分干し肉のような状態になっているからか不思議と腐らず、牛肉で腹を壊したことは無かった。おかげで日本に帰ってもかなりギリギリ・腐りかけの食べ物でも火を通すなりして食べきる癖がついてしまった。珍しいところではごくたまにガゼル等の新鮮な野生動物の肉を売りに来る人がいて、中々野性的な味なのだが意外に安く、自分は好んで買っていた。ニワトリは家の周りにたくさんいるのだが当然持ち主がおり、また卵も鶏肉も結構な高級品であったため(値段で言うと、ニワトリ>>>吊り牛肉だった)滅多に買わなかった。お隣さんがニワトリを飼っており、客人が来た折などに買うことがあったが、その際は当時5,6才の少女が父親の指示で見事な手さばきでニワトリの捕獲~シメ~羽毛をむしる~捌いて内臓を取り出す~といった一連の作業を行い、新鮮な鶏肉を届けてくれるのだった。

街中の肉屋さん

珍しいところでは、『クンビクンビ』と呼ばれる白アリの一種がおり、雨の後は何千匹も出てくるのだった。油でパリッと上げて塩したものをもらうと、まるで小エビのようでうまい。貴重なタンパク源、是非俺も採取して食そうと、でかいクンビクンビを捕まえて油で揚げて食べていたら、家に来ていた生徒に『それ、ハチだから食えないよ』と言われて恥ずかしい思いをした。

お酒もまあまあの高級品で、ビールなどはそんなにしょっちゅう飲めるものでは無かったが、夜早い時間に停電してやることが無い時など、近所の友人が経営するこの辺で唯一酒類を扱っている商店へ出向き、ビールか、或いはもっと安いバナナのどぶろくで一緒に一杯やることもあった。  続く

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